2012年10月1日月曜日

たとえ8:30に起きたとしても、坂を上れば1限に出られる。


あさかさんについて。
私が入部して最初の頃は、あさかさんがまだ休部明けすぐだったからか、シフトが全然かぶっていなかったからか、
なかなか会えなかった。
シフトは大体彩子さんと一緒で、「2年生にもATの先輩がいるよ」ということは聞いていたものの、
実際に顔を合わせたのは割と遅かったと思う。
はじめて会った時の印象は、あまりはっきりとは覚えていないが、つけまつげとかしてて、色が白くて、
なんか外人さんみたいだなーと思った。
二外がチャイ語だと言ったら、母が中国人だと教えてくれた。
1年生の夏学期はめったにシフトがかぶらなくて、ほとんど話したことがなかった。
私は勝手に怖い人だと思い込んでいて(笑)、日曜日に会っても、自分から話しかけることができなかった。
京大戦のときに開かれたスタッフMTGで泣いているのを見て、びっくりしたけど、
部活に対して真剣なこと、(当時の)4年生が本当に好きなのだということを知った。
やっと心が開けたのは夏合宿の最終日。
1グラで練習試合してて、松谷さんが骨折して大変だった日。
試合が終わって、ボトル洗って、着替えて、全部が終わった後。
「合宿がんばったごほうび」と言って、いちごオレをくれた。
認めてもらったような気がしてうれしかったのと、何より、がんばってるところを見ててくれたんだということがうれしかった
(自販機の前で、「何か買ってあげるよー」じゃなくて、既に買ってあって「がんばったからこれあげる」っていうところがミソ。笑)
合宿が終わって2週間後に秋季が始まった。
「特別な大会だよ」と教えてくれた。
秋季中、あの人はよく泣いていた。4年生がいなくなるから悲しいのだと思った。
でも悲しいだけが理由じゃなかった。
4年生がいなくなったら一人になる。まだ2年生なのに、上には誰もいない。
私はどうしようもなかった。なぜなら私は後輩で、「頼れる先輩」にはなりえないから。
秋季が終わって、一週間のオフがあった。オフ期間中に、私たち二人は3年生(新幹部学年)のMTGに呼ばれた。
二人しかいないからがんばれ、と言われた。MTGの場から退出した後、ローソンでおでんを一緒に食べた。
11月が始まった。「二人でがんばろう」と確認し合った。
一緒にシフトに入ることはあまりなかったが、以前とは違った。
実際に一緒に過ごす時間は短くても、一緒に頑張る、という気持ちはいつもあった。
この頃の私の部活に対するモチベーションは、明らかに「あの人のため」だった。
あの人に不安を感じさせないくらい私が仕事をこなせるようになれば、たとえ後輩でも支えになれると思った。
12月には彩子さんと由貴さんも呼んで、誕生日パーティーをした。
喜ばせたくて、サプライズにしたら泣いてくれた。
オフ期間になった。実家に帰ったり、試験勉強をしたりして、何気なく過ごしていた。
2月になったらまた同じように始まるのだと思っていた。
電話がかかってきた。「辞めることにした」と言われた。
私は意味がわからなくて、何度も電話して、泣いて、懇願した。
他のことに身が入らなかった。
なんでこうなったのか。理由を聞いても私は納得しなかった。
この時ばかりは相手の気持ちを尊重するつもりなんてなくて、私はただ自分のために必要なのだと言った。
だから辞めないで、と。
「かなちゃんは私がいなくても大丈夫」とか言ってる。そんなわけないやろ。
追いコンの日もそのことで頭がいっぱいで、内容は全く覚えていない。
一次会が終わって、松谷さんが「これから引き留めに行く」と言っていたからついて行った。
三浦さんもいて、交差点のところで立ち止まってみんなで言った。
私は横断歩道の手前で泣きついた。指で涙を拭ってくれた。
シーズン入りの前日に、一緒にカフェに行った。
「辞めないことにした」、と。
あの人は数週間のうちに何人かと話していて、私は最後だった。
2月の日曜日は部活が終わった後に毎回一緒にごはんを食べた。
「二人だけ」がすごく楽しかった。
4月になって、学年が上がった。
私にも後輩ができて、同期が増えて、環境は変わった。
あの人も、雰囲気が変わってきた気がする。かつてあった、不安定な時期がなくなった。
朋果が来て、以前のような「相互依存状態」は薄れ、関係性は少し変わったと思う。
後輩の指導方針などについて相談されたり、それに対して私が意見を言ったりするようにもなった。
「二人だけ」じゃなくなっても、お互いに「特別」な自信はある。
だから、大好きな先輩を後輩にとられちゃう、とかは全然思わなかった。
メールをくれる時は、いつも最後に「かなちゃんが大好きだよ」って書いてある。
私はいつもうれしくなる。恥ずかしいけど。「私も大好きです」って返す。
東大前駅の入り口の手前で「大好き」ってぎゅーってしてたら、中塚りょーたに見られた。
苦笑いされた。

最後の秋季が始まった。
私はまだ泣いていない。

朋果がいるから、2年前にあの人が抱いた不安は、私にはない。
でも、
単に「先輩がいなくなる」という状況がある、というだけではないのだ。
あの人がいなくなるということ。
それがどういうことなのか、私はまだわからない。
時々会ってごはん食べたり、メールしたりすれば、案外大丈夫かもしれないし、
大丈夫じゃないかもしれない。
とりあえず、よくわかんないから、今はただ一緒に過ごせる時間を大事に大事にするしかないと思っています。


上の文脈とは無関係ですが、2年生に向けて。(選手、スタッフ問わず)
4年生が引退したら2年生はもう下級生じゃなくて、準幹部になるんだよ。
準幹部時代は、それなりに責任のある仕事を任せてもらえるけど、最終的な責任は幹部代が負ってくれる(はず)という、
いい意味で好き放題できる時期です。なので、いろんなことに挑戦してみて下さい。
あとは、
・幹部代に対して批判的な視点を持ちましょう。問題意識を忘れない。
・「このやり方はどうなの」と思ったら、とにかくメモして、形に残しましょう。
・何かを思いついたら、これもメモしましょう。幹部に意見して、却下されても、それらのメモは自分が幹部代になった時に役立ちます。なんでメモを残せと言うのかというと、その時いろいろ思うことがあっても、絶対忘れるから。
・実務経験は今のうちに積みなさい。既に経験を積んだ人はそろそろ「考えて」「人を使う」側へ。
・仕事を振られたら、その日のうちに取りかかる癖をつけましょう。
・仕事が完成したら、先輩にごちそうになりなさい。


総務部屋より送信
AT3年 山崎 華奈子

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